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東京地方裁判所 平成7年(ワ)1315号 判決

原告

吉田武明

右訴訟代理人弁護士

中園繁克

小林美智子

被告

朝日九段マンション管理組合

右代表者理事長

石田佳治

右訴訟代理人弁護士

小澤治夫

井堀周作

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  原告の請求

原告と被告間において、被告の平成六年三月二〇日付け定期総会における別紙目録記載の各決議が無効であることを確認する。

第二  事案の概要

本件は、本件マンションの区分所有者であり、同マンションの管理組合である被告の組合員である原告が、被告に対し、定期総会においてなされた本件決議には手続的に瑕疵があるとしてその無効確認を求めたという事案である。

一  争いのない事実など

1  (当事者)

(一) 原告は、建物の区分所有等に関する法律(以下「法」という)上の区分所有建物である「朝日九段マンション」(東京都千代田区九段北一丁目九番五号所在。以下「本件マンション」という)の区分所有者であり、被告の組合員である。

そして、原告は、昭和六二年二月から昭和六三年七月までの間、被告の理事長としての地位にあった(乙一号証)。

(二) 被告は、本件マンションの区分所有者全員を組合員として構成された管理組合である。

2  (本件決議の存在)

被告においては、平成六年三月二〇日、第一五期定期総会が開催され、別紙目録記載の各決議(以下「本件決議」という)がなされた。

3  (総会における議題提案等に関する管理組合規約及び規則の条項)

本件マンションの管理組合規約(以下「本件規約」という)五五条は、「理事長は、この規約に定めない事項については、理事会の決議を経て、組合の業務に必要な細則ならびにマンションの居住、利用に関する規則を定め、または変更することができる。」と定めているところ、これに基づいて制定されていた「居住・利用に関する規則」(以下「本件規則」という)については、原告が理事長の地位にあった期間中の昭和六二年一一月一日に追加され、昭和六三年一月三一日からの施行ということで、「総会への提案権は理事会にある」とする旨の規定(五八条八項)が設けられた。

4  (理事会開催の不能)

被告では、平成五年五月一六日に第一四期定期総会が開催され、伊藤みつ子、斉藤武美、西田利子、石田佳治及び平山春樹の五名が理事に選任されたが、石田佳治以外の者が理事就任を辞退するなどしたため、本件規約所定(五名以上と規定する)の理事の定員が充足されないという事態になった。

そのため、被告では、正式な理事会を構成できないため、その後は、事実上、「打合会」という名称での会合によって運営がなされるに至っている。

二  争点

本件決議について手続的に瑕疵があるか否か。

1  原告の主張

(一) 本件規約五五条及びこれを受けて制定された本件規則五八条八項によれば、被告の総会での決議は、理事会で決議された議題に限ってなされるべきものであり、議題提案権は、理事会のみにあって、理事長にはない。

被告の理事会では、前記のとおり理事の定員が充足されていない以上、適法な理事会が開催された上で理事会において議題提案のための適法な決議がなされるということはあり得ないから、被告の第一五期定期総会においてなされたとする本件決議は、手続的に瑕疵があり、無効である。

(二) 本件規則五八条八項の規定が制定されるに至ったのは、理事長の独断専行を防ぐため、理事会に理事長の業務執行を監視させるという重要な必要性があったからであり、総会に提案予定の議題については、理事長が理事会にその必要性を説明し、理事会の納得が得られて初めて理事会決議という形で決定した上、理事長がこれを受けて組合員に対して総会の招集通知を出すという仕組みを採ることになったのである。

(三) なお、本件規則五八条八項の制定に際しては、本件規約の規定を変更するものとしての総会での特別決議こそなされていないが、組合員に対しては事前に規則案が配付され、その後に開催された説明会で説明がなされた上、総会においても承認を得ているから、本件規則五八条八項の規定は有効であり、被告主張のように規則制定権の受権の範囲を超えたものではない。

2  被告の反論

(一) 本件規約上、総会への議題提案権が理事長にあることは明らかであり、理事会に議題提案権を独占させようとするのであれば、総会の特別決議による規約変更手続が必要とされるところ、被告の総会においてそのような手続は一切採られていない。また、本件規則は、本件規約五五条の趣旨からすれば、本来、被告の業務に必要な細則及び本件マンションの居住、利用に関する事項に限って制定されるべきものである。

したがって、本件規則五八条八項の規定が仮に理事長の権限を制限するという趣旨のものであるとすれば、本件規約五五条によって委任された規則制定権の範囲を超えた無効のものといわざるを得ないことになるから、結局、本件規則五八条八項の趣旨は、総会に提案する議題は出来る限り理事会において決議するようにしようとの努力目標を定めたものにすぎないというべきである。

(二) しかも、被告においては、前記のとおり、理事会が開催できない状態にあったのであるから、理事長が総会に対して議題提案を行ったことは当然の責務の履行といわなければならない。

(三) よって、理事長による議題提案に基づいてなされた本件決議は、手続上何ら瑕疵がない。

第三  当裁判所の判断

一  被告における総会への議題提案権者

1  まず、法によると、集会は、管理者が招集し(三四条一項)、集会の招集の通知は、各区分所有者に対し、会議の目的たる事項(議題)を示して行うべきものとされ(三五条一項)、さらに、議題が一定の重要な事項に関するときは「議案の要領」をも通知しなければならないものとされている(同条五項)。そして、管理者については、幅広い権限が認められ(二六条)、また、集会においての事務に関する報告義務を負っている(四三条)。

次に、証拠(甲一号証)によると、被告の本件規約は、法に基づき、本件マンション建築時の昭和五三年から制定、施行されているものであるが、本件規約においては、理事長が法の定める「管理者」となり、被告を代表し、組合事務を統括するとともに(三八条一項)、総会及び理事会の決議に基づき、自己の名において組合業務を遂行するものとされている(同条二項)。

また、被告の総会については、「定期総会は、毎年一回二月に招集し、また、臨時総会は、必要あるとき理事会の決議を経て理事長が臨時招集する。」(四二条二項)及び「総会を招集するときは、開会の五日前までに所定の場所に、議案・日時・場所を掲示し、かつ、組合員に通知しなければならない。」(四三条本文)とする規定が定められている。

そのほか、総会での決議を要する事項については予め規定されており(四五条)、理事長は、会計報告として、毎年二月末日までに、前年度の収支状況を組合員に対し報告しなければならないとされている(五二条)。

これらの法及び本件規約の規定を総合すれば、被告においては、本件規約上、管理者である理事長は、職務遂行上の必要から生ずる各種案件の処理等のために、招集予定の総会において、自ら必要と考える議題を適宜提案し、その決議等を求める権利と責務を有するものであることは明らかであるといわなければならない。

2(一)  ところで、原告は、本件規則五八条八項の追加制定によって、総会への議題提案権は理事会にのみ独占されることになった旨主張する。

しかしながら、被告において、前記のとおり、本件規約上理事長が総会への議題提案権を有するものと解すべき以上、原告の右主張が肯認されるためには、本件規約の変更がなされる必要があるというべきところ、被告において右変更手続(法三一条一項、本件規約四六条一項但書所定)が採られていないこと自体は原告の自認するところである。

(二)  そのため、原告は、さらに、本件規則五八条八項の規定は総会で承認されており、これによって、議題提案権は理事会のみに属することになった旨主張する。

(1) しかしながら、総会への議題提案権者を誰にするかという問題は、管理者の職務権限に関するものであるばかりか、管理組合の組織及び運営の基本的事項に属するものであるから、本件規約五五条においてその制定を理事長に対して委任している「組合の業務に必要な細則」に属する事項とは直ちに認め難く、本件規約五五条の規定に基づくものとして制定された本件規則五八条八項の規定をもって議題提案権者をたやすく変更することはできないものといわなければならない。

(2) また、本件規則五八条八項の規定の制定経緯等をみると、証拠(甲二ないし七号証、原告本人の供述)によると、たしかに、原告は、昭和六二年二月に理事長に就任した当初から、被告内部に不公平感が醸成されつつあり、電話回線問題等をめぐる理事長の対応等に多大の問題があるとの懸念を有し、その解決のため、理事長と理事会の関係を整備し、理事長の独断専行を防止すべく、理事会が理事長の業務執行を監視し、牽制する仕組みを作る必要があるとの考えを持っていたこと、そこで、原告は、本件規則に追加規則を設けて右のような趣旨を盛り込むことを企図し、その後、本件規則五八条八項を含む追加規則案(二一条から七五条まで)を順次作成して理事会に示した上、同年一一月一日に開催された「説明会」の席上において、組合員に対して右規則案を配付して説明し、これについて異議があれば申し出るよう求めたこと、原告は、その後の臨時総会及び昭和六三年一月三一日の定期総会において、組合員から右規則案に対して異議が出なかったため、総会において承認されたものと考えており、本件規則(甲二号証)にもその旨の記載がされていることが認められる。

しかしながら、一方、証拠(甲一、七号証)によると、昭和六三年一月三一日開催の定期総会においては、理事長(原告)から、第一号議案(本年度事業報告)という形で「本件規則の整備」に関する議案の提案がなされたが、右総会議事録による限り、右追加にかかる規則は右同日をもって発効するとはされているものの、同月一四日には右追加にかかる一部の規則について組合員から意見が出てきているため、現理事会での検討が間に合わないので次回の理事会に引き継ぐというようなことになったとされているのであって、同議事録上においても、右議案についての正式な採決がなされたとする明確な記載はみられないこと、これに対し、右議事録においては、右議案の「関連議案3」として提案された本件規約三二条(役員の構成)の見直しについては、右総会において正式に採決が採られた上、全員一致で可決されたとされており、しかも、これに基づき、本件規約三二条の規定自体の改正も実際に行われたこと(甲一号証)が認められる。

これらの事実関係を総合して考えると、本件規則の追加規則が原告主張のように右総会において正式に承認されたといえるかどうかについてはなお疑問の余地があるといわざるを得ない。

加えて、右追加規則によれば、例えば、組合員の総会招集権につき、組合員の過半数の賛成を要件とする旨の規定が置かれることになったが(五六条一号)、このような要件を加重した規定は、本件規約四七条の規定に抵触するばかりか、法三四条五項の規定に明らかに反するものであり、不相当なものといわざるを得ないのであり、以上にみたような右追加規則の制定経緯と内容等からすると、本件規則五八条八項の規定について、本件規約の内容を変更するだけの効力を直ちに認めることはできないといわなければならない。

(3)  以上のところからすると、原告主張の本件規則五八条八項の規定をもって、本件規約上理事長が有していた総会への議題提案権を剥奪し、これを理事会に独占させるに至ったものとは認め難いというべきである。

(三) なお、本件規則五八条八項の趣旨に関する原告の主張中には、同規定の制定によって、理事長と理事会の関係上、理事長が総会に対して議題提案を行うには、その前提として、理事会において当該議題の提案を了承する旨の決議が必要になったとして、理事会の決議の存在が理事長の行う議題提案の条件とされたとするかのような部分がみられるが、仮にそのような主張が是認されるとしても、これまでに認定説示した理事会開催不能の状況、本件決議に至る経過及び本件決議のうちの第一号議案が被告の収支決算報告に関するものであることなど、その他本件証拠によって認められる諸事情に照らして、本件決議の手続を実質的に考えてみた場合、正式な理事会を開き得ない状況が続く中で、理事長が総会に対して本件決議のような内容の議題を提案し、この提案に基づいて決議がなされたことについては、理事会の右決議の不存在のみを取り上げて、手続的に瑕疵があったとすることは相当でないといわざるを得ない。まして、右の点だけをもってして、本件決議を無効とするだけの重大な瑕疵があったとすることはできない。

3 そうすると、本件決議が無効であるとする原告の主張は、理由がないといわなければならない。

二  以上によると、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官安浪亮介)

別紙目録

第一号議案 第一五期(一九九二年(平成四)年一二月一日 一九九三年(平成五)年一一月三〇日)管理組合収支・業務費収支決算報告に関する件

第二号議案 第一六期(一九九三(平成五)年一二月一日 一九九四(平成六)年一一月三〇日)管理組合収支・業務費収支予算(案)承認の件

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